2024年9月25日水曜日

" 孤独ではなかった・・・児童体育祭 "のお話

9月25日(水)。

今日は児童体育祭の日。












倉吉市内・・・すべての小学校の・・・

4年生以上のおともだちが・・・

倉吉市営陸上競技場に集まったんです。








一緒に練習を重ねてきたなかまとは・・・

招集場所に行くときから離れ離れ。






レースを待ってるあいだ・・・

鳴り続ける心臓。








話しかけるおともだちは・・・

周囲にはいない。


刻一刻と・・・

近づいてくるスタートの号砲。










世の中に・・・

ひとり取り残されたような・・・

心細さでいっぱいになる。









競技中・・・

「ようい・・・どん」を知らせる・・・

ピストル以外の音は耳に入らない。








一切の音と・・・

一切の景色が・・・

失われたようになって・・・

かろうじて・・・

目の下で交互に前後する・・・

自分のつま先だけが見える。







おとなりのレーンの・・・

おともだちと競争してることすらも・・・

忘れそうになるくらい・・・

びりびりとした緊張感の中での・・・

自分とのたたかい。









一秒が・・・

10mが・・・

こんなにも長く感じられるのかって・・・

思うくらいの世界で・・・

感じ続けた・・・孤独。











そんな時間を過ごした今日。








きっとみんなは・・・

感じたはずなんです。









きっとみんなの胸には・・・

届いていたんです。








きっとみんなは・・・

いっときたりとも・・・

ひとりぼっちではなかったんです。









まちがいなくみんなは・・・

時間と空間とをこえて・・・

つながっていたんです。











やむことのなかった声援は・・・

打吹山からの・・・

やまびことなって・・・

競技場にひびきわたり・・・








音にならない・・・

声にならない・・・

ことばを越えた空気となって・・・

みんなを包み続けていたんです。










私は見ていたんです。

聞いていたんです。

孤独なたたかいを・・・

歯を食いしばってさいごまで続けている・・・

ひとりひとりを・・・









そのひとりひとり以外のすべてのなかまが・・・

ひとつの空気で・・・

すっぽりと包み続けていたことに。









児童体育祭で・・・

みんなは・・・

だれひとりとして・・・

孤独ではなかったんです。


" だれひとりとして・・・

 孤独ではなかった・・・児童体育祭 "のお話でした。














さっ・・・つぎは・・・

音楽会でひとつになろっか。






しゅっぽ~ん!

2024年9月20日金曜日

" 魔法を目の前で見た・・・ "というお話

9月20日(金)。
音楽会までちょうど2週間。














今年度も・・・
音楽会の練習に・・・
小谷敏彦先生がおいでくださってるんです。














小谷敏彦先生は・・・
専門家なんです。
達人なんです。
本物中の本物なんです。

名人というのは・・・
このような方のことを言うんだって・・・
そう思ってるんです。

















小谷敏彦先生がですよ・・・
指を一本立てられるだけで・・・
声が変わるんです。











小谷敏彦先生が・・・
まゆげを「ぴくっ」って・・・
動かされるだけで・・・
表情が変わるんです。







小谷敏彦先生がね・・・
「おなかをおさえてえ。」
・・・っておっしゃるだけで・・・
声の響きが変わるんです。









小谷敏彦先生がね・・・
「ろうそくを吹いてえ!」
・・・っておっしゃるだけでね・・・
声の伝わり方が変わるんです。












小谷敏彦先生はね・・・
おっしゃるんです。

「はい! くっしんしてえ」って。

「ポッキーだよ・・・ポッキー」って。










「あいーんってしってますかあ?」って。
(このことばへの・・・
 子どもたちの反応は鈍いけれど・・・)









「足のどこに力をいれるとよいのですかあ?」って。
(足に毛が生えてる・・・・・・・)
(おおおお・・・名人は芸が細かい・・・)
(そして・・・顔はいたって真剣・・・)
















「お祈りしながらうたってみて」って。
(このことばの効き目はすごかった。)















子どもたちがね・・・
魔法にかかったみたいにね・・・
ぐいぐい引き込まれていくんです。

ぐいぐい引き出されていくんです。











ぐいぐいと・・・
きらきらとしたひとみから・・・
くるくるかわる表情で・・・
うねるようにうごく身体全体で・・・
澄んだ声で歌いだすんです。











その間・・・45分。
45分でですよ。
ほんとですよ。ほんと。











私はいつも・・・
魔法を見るような気持ちで・・・
小谷敏彦先生とみんなのことを・・・
息をするのもわすれて眺めてるんです。











そのすばらしい時間は・・・
眩しいくらいに輝いた時間なんです。
私はね・・・
この時間を見るのが大すきなんです。











" 魔法を目の前で見た・・・ "というお話でした。
















ひひひ。
来週も・・・
どんな魔法がとびだすかたのしみだぞ。

きっと眩しいから・・・
サングラスかけて見に行こっと。

2024年9月19日木曜日

" 土壌があってこそ・・・"というお話

 9月19日(木)。

ゆうべ 東のそらに見上げた・・・

まんまるの月を思い出しながら・・・

考えていたんです。











きのうの6年生の教室で思っていたこと。








お昼前の教室で・・・

「人権学習」に・・・

澄んだひとみで向き合っていた6年生のこと。


倉吉市役所から・・・

ゲストティーチャーをむかえて実現した・・・

とてもおっきなテーマの「学び」の・・・

そのシーンのひとこまひとこまのこと。










たくさんのことを学んでいたんです。

たくさんの生きたことばで・・・

たくさんの純粋な想いが・・・

彼ら彼女らの口から・・・

つむぐように語られていたんです。








互いに認め合うことのたいせつさ。








「みんなのため」ということは・・・

「自分のため」でもあるということへの気づき。






まちがいを認めることのむずかしさと・・・

それができることの価値。








「自分は・・・

 ひとを傷つける存在であるかもしれない」・・・

そんな勇気ある自覚。








ふと立ち止まって・・・

相手にこころを寄せてみようとする寛容さ。








かなしいことだけれど・・・

世の中に数多ある差別を・・・

するどく見抜こうとする決心。

そして・・・

見抜いたそれらを許すまいとする覚悟。








差別する側・・・差別される側・・・

いずれの側にもなる可能性が・・・

だれにだってあるんだという事実。









そして・・・

「他者の不幸」を・・・

 こころのどこかで・・・

 無意識のうちにほくそ笑んでしまう・・・

 人間が持っているこころの弱さ。









さらに・・・

ほかでもない自分自身も・・・

そんな「こころの弱さ」を持った・・・

人間のひとりであることを理解する・・・

ほろ苦い納得と・・・

そんな自分の弱さに・・・

打ち勝つことのできる強さを持った・・・

自分を目指し続けるんだという決意。











たくさんのたねが・・・

6年生のこころのなかに・・・

蒔かれたんだって思ったんです。








不毛の地に・・・

いくらたねを蒔いても・・・

やっぱりそこは不毛だけれど・・・








よく耕され・・・

栄養が染み込んだ地に蒔かれたたねは・・・

ゆたかな恵みをもたらすんだって思うんです。








で。

私にはわかったんです。


この日学んだことがたねとなって・・・

よく耕され 十分に栄養を蓄えた・・・

土壌としての6年生のこころに・・・

そっと抱かれたんだっていうことを。








" 土壌があってこそ・・・"というお話でした。