2026年3月16日月曜日

" 卒業式に向けて「すきま風」"のお話

3月16日(月)。

午前中の体育館。











全校のみんなで・・・

卒業式の練習をしたんです。






卒証していく6年生に・・・

最大の祝意と敬意・・・

そして最大のエールを込めた・・・

その日を迎えるために。






私はね・・・

練習のなかの「式辞」のとき・・・

この時間をつかって・・・

全校のみんなにお話ししたんです。








************

(このあとの写真は、卒業してしまう6年生の弟たち妹たちです。どんな気持ちで見てるかな・・・)

(にしても・・・けっこういるなあ・・・)


みんな いいおぎょうぎだね。

6年生のおにいさんおねえさんのすがた見た?6年生はこれまでね、朝一番の冷蔵庫のなかみたいに冷たい体育館で、来る日も来る日も練習をしてきたんだよ。

知ってた?









いつも学校を支えて、いつもみんなのことをかわいがってくれた6年生が、いよいよ卒業しちゃうんだよね。本番の日、ここに、全校のみんなのお祝い気持ちと感謝の気持ちでいっぱいの体育館をつくろうね。だから、今日からは、みんなも練習にがんばろうね。








" 自分ひとりくらい、おぎょうぎがわるくても大丈夫だよな。"って思っちゃいそうになるけれど、校長先生はちがうと思っているよ。








「すきま風」って知ってる?

冬のとても寒い夜には、ストーブをつけたり、こたつに入ったりしてあたたかくするよね。でもね、どこか一か所、ちょびっとだけ窓が開いていたら、そこから冷たい風が入ってきて、おへやがあたたまらないよね。そんな経験ってあるよね。










そのときおへやに入ってきた風のことをね、「すきま風」って言うの。









ひとさし指が入んないくらいほんのちょびっとだけのすきまから冷たい風が入るだけなのに、いくらストーブをつけてもおへやがあたたまらないってちょっとふしぎだね。









卒業式もおなじだよ。

3月19日。卒業式のとき、「この体育館をお祝いの気持ちと感謝の気持ちでいっぱいにしよう」って、みんなでいくらがんばってもね・・・








だれかひとりでも、よそ見したり、おしゃべりしたり、いごいごしたり、いすを「カタコト カタコト」って鳴らしたり、歌を一生けんめいに歌わなかったりするだけで、だいなしになっちゃうんだよね。

ちょうど「すきま風」みたいにね。









自分がね・・・

その日 「すきま風」になんないようにがんばろうね。

6年生だけが、最高の卒業式をつくるんじゃあないんだよね。

みんなで、最高の卒業式をつくろうね。



************



その日まであと3日・・・。


" 卒業式に向けて「すきま風」"のお話でした。







ちょっとあたたかくなったおひるまえ・・・









打吹公園にぼんぼりがかかりました。

(そろそろ・・・灯るかもよ・・・)




2026年3月13日金曜日

" 偶然なのか・・・?"というお話

3月13日(金)。

今日も学校を・・・

てくてく てくてくと歩く。

" 今日は・・・

 どんなシーンに会えるかな"って・・・

るんるん気分で。












1年生の国語の時間。

ぴったりとくっついて・・・

お話しを聞いているふたりのおともだち。

なんと・・・おなじようなヘアスタイル。

" 偶然なのか・・・?"









ヘアスタイルといえば・・・

4年生の国語の時間。

発表を聞いてる・・・

一番右のおともだちと一番左のおともだち・・・

これまたおなじようなヘアスタイル。

" 偶然なのか・・・?"

(ぜったい野球部だろ・・・)

(というか・・・しってるだろ・・・)






2年生の生活科の時間。

タブレットを操作しながら・・・

私を見上げたお顔と・・・

タブレットに映しだされたお顔。

なんと・・・うりふたつ。

" 偶然なのか・・・?"

(そもそも・・・本人だろ・・・)










3年生の道徳の時間。

あてられてもないのに・・・

すでに立ち上がってるおともだち・・・

ひとりでもすごいのに・・・ふたり。

" 偶然なのか・・・?"

(いや・・・いつもだろ・・・)

(というか・・・

 もっと多いときあるだろ・・・)









おなじ時間。

手を挙げて・・・

「言いたい」オーラ丸出しのふたり。

一番右と一番左から・・・

安本先生に相当な圧をかけてる。

" 偶然なのか・・・?"

(いや・・・これもいつもだろ・・・)

(というか・・・

 さっきはうしろで手を挙げていた・・・

 左のおともだち・・・

 いつのまにか・・・

 手を挙げたまま前に来ちゃってるだろ・・・)

(しかも・・・

 美しいシンメトリーだろ・・・)






1年生の国語の時間。

グループごとに音読の発表。

はじめのグループの4人。

4人ともおなじ口の形をしている。

" 偶然なのか・・・?"

(声をそろえて読んでるんだから当然だろ・・・)










では・・・ということで・・・

2番手のグループの4人。

そのうちの右から3人が・・・

おなじようなかっこうで・・・

一番左のおともだちの方をのぞいてる。

" 偶然なのか・・・?"

(きっと・・・なにかあったんだからいいだろ・・・)






給食の時間。

給食委員会のお仕事をするために・・・

職員室にやってきた・・・

5年生と6年生のおにいさんふたり。








真剣にお仕事をおえて職員室を出るとき・・・

はじめて気づいた・・・

なんと・・・おそろいのパーカー。

" 偶然なのか・・・?"

(きみたちってきょうだいでもないのに・・・

 ものすごい偶然だなぁ・・・)

(というか・・・

 本人たちが一番びっくりしてるだろ・・・)

*ほんとです。











念のために・・・

サイズを確認させてみると・・・

サイズまでおなじ。

" 偶然なのか・・・?"

(サイズまで確認する必要って・・・

 ぜったいなかっただろ・・・)

(というか・・・

 きみらってとってもいいコンビだろ・・・)






学校では・・・

" 偶然なのか・・・?"って・・・

そう思ってしまうくらいに・・・

おもしろいことが毎日起こる。


(おいおい このふたり・・・

 あたる前から前に出ちゃってるどころか・・・

 もうみんなの方を向いちゃってるだろ・・・)








" 偶然なのか・・・?"というお話でした。






教室で。

前ポケットがおしりに・・・

そして・・・

前で結ぶひももおしりに・・・。

" 偶然なのか・・・?

 あるいは・・・

 なにかの必然なのか・・・?"

(まちがえてるだけだろー!)

(というか・・・だれかおしえあげなよー!)

(よく考えてみると・・・

 ふつうに「学校あるある」だろ・・・)



2026年3月11日水曜日

" 「3月11日」という日 "のお話

3月11日(水)。

今年もこの日を迎えました。





*文中の写真はすべて山名が撮影したものです。



今日は特別な日。忘れちゃいけない日。

「15年も前のお話」だなんて思っちゃいけない日。

あの日から15年が経ちました。








今年もやっぱりお話しします。毎年、この日がくるたびに伝えなくちゃいけないんだと思っています。くりかえし。くりかえし。私が見た「東日本大震災」を。私のことばで。








15年前の3月11日 午後2時46分。

東北地方太平洋沖地震が発生しました。その後、東北地方を中心に大津波が襲いました。地震、津波等による災害は、「東日本大震災」とよばれ、死者行方不明者は2万人以上にのぼりました。









私は、震災発生から4か月後に、石巻市に入りました。そこには、復興と呼ぶにはほど遠い現実がありました。大津波はこのまちにも襲いかかっていたのです。避難所となった小学校の体育館、そこには、心と身体に震災のきずが残ったままの方々がたくさんいらっしゃいました。

私は、その避難所の運営に派遣されたのです。






■お勤めしていた醤油工場で、津波から逃れるために工場の台に登った若い男性。ひとが一人やっと立っていられるくらいの広さの台の上は津波の水面までわずか1mほど。助けがくることは期待できそうにないまま、あまりの寒さと疲労とで意識を失いそうになる中でひたすら朝を待ったのだそう。「あきらめないうちは生きているんだということがわかった」とおしえてくれました。

■入所されていた高齢の女性のことを、「あと50cm手をのばすことができたら命を救うことができたのに」といつも悔やんでいらっしゃった介護施設の所長さん。毎日毎日、来る日も来る日も、顔をしわくちゃにして自分を責め続けておられました。

■夜中の余震があるたびに、夜通し起きている避難所運営本部にやってきて、泣きながら「ここにいさせてください」と言った女子高生。「夜の地震は、あの晩の恐ろしさを思い出して身体が動きません」と言ってかたかたと震えていました。

■ワゴン車でやってきて、避難されている方の人数分(約250本)の腕時計を置いていってくださった金沢の時計屋さん。「じゃあ・・・」と言って走り去る車には、まだまだ箱が積まれていて、このあとも避難所をこんなふうにまわられるんだと、ただただ手を合わせるだけでした。




■被災者であり避難者でもありながら、食事を配る準備や作業を始めると必ずやってきて手伝ってくれた小学生。私が付けた「鳥取」のバッジを見つけてからは、私のことを「とっとりさん」と呼んで、とうとうお別れする日まで名前を覚えてはくれなかった・・・。(もちろん それでぜんぜんいい。)

■私が石巻を去る日、大好きだったカップ麺「もやしみそ」を食べずにしまっておいて、「ありがとう」と言ってプレゼントしてくれた小学6年生の女の子。彼女も私のことを「とっとりさん」と呼んでいたっけ・・・。(いまごろどうしてるだろ・・・)









この日がくるたび、必ず思い出す人たち。

" みなさん、元気でいてくださっているだろうか "と。











あれからあと・・・

この国の各地で・・・

地震は繰り返し起こりました。








覚悟を持たなければなりません。

万が一のとき・・・

必ず生き延びるんだという覚悟を。








備えなければなりません。

いのちを守ったそのあと・・・

どんな苦労があろうと・・・

自分を見失うことなく・・・

強く・・・そしてやさしく・・・

生きていくことができるための・・・

最低限必要なものと・・・

最大限の決意を。












私はね・・・

卒業式の練習をしている全校のみんなに・・・

こころのなかで伝えていたんです。





「万が一のことがあったとき・・・

 必ず無事でいてください。」って。


「どうか・・・

 自分のいのちもおともだちのいのちも・・・

 たいせつに考えることができる・・・

 そんな子になってください。」って。









東日本大震災をきっかけに・・・

“ 震災に備えよう・・・

 そして・・・

 「いのち」をたいせつにしよう ”・・・

 そんな思いを込めて制定された・・・

 今日 3月11日は・・・

 「いのちの日」。


" 「3月11日」という日 "のお話でした。









東日本大震災で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げますとともに、お亡くなりになった方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

合掌。


打吹小学校  校長  山名 毅






「もやしみそ」をくれた小学6年生の女の子。

「将来は小学校の先生になるんです。」って、避難所のすみっこに置いた電気スタンドのもとで勉強していました。

彼女は今27歳。教師であるかどうかはべつとして、この春も彼女が元気で迎える春であってほしいと願っています。

今も食べることができないまま部屋においている「もやしみそ」を見ながら・・・。

(きっと・・・別の意味でも もう食べられないよね・・・)