チューリップの球根を見ただけで・・・
そのチューリップが・・・
いつ芽を出すのか・・・
そんなことはわからない。
チューリップの球根を見ただけで・・・
そのチューリップが・・・
何色の花を咲かせるのか・・・
そんなこともわからない。
それは・・・
チューリップの球根だけが知っている。
あるいは・・
球根にもわからないのかもしれない。
私たちは・・・球根にむかって・・・
「明日芽を出せ」とか・・・
「黄色い花を咲かせろ」などと・・・
言ってはならないし・・・
思ってもならない。
チューリップは・・・
芽を出すべきときに芽を出し・・・
咲くべき色に咲くのである。
子どもたちも同様・・・
子どもたちは・・・
それぞれのタイミングで・・・
それぞれの「育ち」をする存在である。
ひと月後に芽を出そうとしている子に・・・
明日芽を出すことを期待したり・・・
赤く咲きたい子を・・・
白く咲かせようとしたりすることを・・・
私たちはしてはならないのである。
私たちおとながするべきことは・・・
あやまちを正してやることと・・・
その子どものありのままを認めながら・・・
肥沃な土壌を準備してやることなのである。
子どもは・・・
ひたすらに・・・
ただひたすらに・・・
愛されるべき存在なのである。
このブログに・・・
いつもおつきあいくださったみなさま・・・
ほんとうにありがとうございました。
さようなら。
令和8年3月24日
おわかれにそえて
倉吉市立打吹小学校 校長 山名 毅
しゅぽっ・・・!
ぷくぷくぅ・・・











